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      <title>杉並わくわく会議・松尾ゆり</title>
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      <description>このホームページは、杉並区で活動する市民運動グループの「杉並わくわく会議」が運営しています。杉並区議会議員松尾ゆりが会の代表を務めています。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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            <item>
         <title>米議会が沖縄海兵隊グアム移転費用を削除</title>
         <description><![CDATA[<strong>●米議会が沖縄海兵隊のグアム移転費用を削除</strong>

　11月末、防衛省の田中沖縄防衛局長が沖縄の普天間基地問題について、女性への性暴力に例えて語ったことから更迭されました。とんでもない発言ですが、こうした発言は実は日常的だったようです。沖縄に対する政府の傲慢さ、差別のひどさに、沖縄の怒りはますます燃えさかるばかりです。
　他方、12月12日、アメリカでは財政難から、議会が沖縄海兵隊のグアム移転費用を削除することを決めました。普天間の移転はストップします。それでも政府は年内に環境影響評価書を提出し辺野古地区埋め立ての手続きを強引に進めようとしています。
　グアム移転は米軍の事情であるにもかかわらず、その負担は米側42億ドル、日本側61億ドルと日本が膨大な負担を強いられます。辺野古移転を白紙に戻し、沖縄の基地問題を根本的に見直すよう、アメリカとの交渉をすべきですが、現政権にはそれは無理なようです。対米従属をやめ自立した外交ができる政治に変えていかなくてはなりません。


<strong>●消費税増税は何のためか</strong>

　ＴＰＰの次は消費税、といわんばかりに、「社会保障と税の一体改革」がさかんに報道されています。民主党の改革案がまとまりましたが、年金では「もらいすぎの修正」、支給年齢引き上げ、高所得者の保険料引き上げ、受給に必要な納入期間の短縮、医療では窓口負担の定額上乗せ、高齢者の窓口負担引き上げ、パートの社会保険加入、などいろいろな案が出ては消え、結局何が変わるのかいまだによくわからない状態です。
　誰がみても、社会保障の充実を考え抜いたとは言い難く、「増税ありき」のどたばたにしか見えません。それでいて、消費税の引き上げだけは既定方針のように進められていきます。
　消費税導入のときから、「福祉のために」という名目が掲げられてきましたが、いったい導入以来、福祉がよくなってきたでしょうか。むしろ、経済格差が拡大し、福祉の必要な人に福祉が届かないという状況がますますひどくなってきています。
　消費税そのものも多くの欠陥を抱えています。まず、逆進性があげられます。所得の低い人ほど、所得に占める消費税の負担率が高くなることがわかっています。また、大企業と下請け企業との関係では、顧客に税を転嫁できないという中小零細企業の苦しみがある一方、高額の「輸出戻し税」を得る大企業にとっては消費税は高ければ高いほどよいという不公平も。
　消費税の大増税の前にやることがあるはずです。


<img src="/download/pdf/pdf.gif" alt="PDF文書" width="35" height="35" align="absmiddle"><a href="http://suginami-waku2.net/download/report/report143.pdf">わくわくレポート143号（PDF文書 210KB）</a>]]></description>
         <link>http://suginami-waku2.net/2011/12/post_10.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">わくわくレポート143号</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 14 Dec 2011 13:17:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>区立小学校の芝生シートから９万ベクレル</title>
         <description>　昨日の新聞、ＴＶで報道された杉並区立堀ノ内小学校の芝生養生シートについて、本日、杉並区に問い合わせをしました。以下その内容。

・堀ノ内小学校の芝生養生シートの放射能測定はシート１平米（約80ｇ）を切り取って測定。そこから計算してkgあたりの放射能９万ベクレル余りと算出したもの。

・このシート全体の重さは、約１５２kg（芝生面全体を覆う９枚のシートの総量）

ですから、堀ノ内小学校だけで、シートの総放射能は約１３５０万ベクレル…。

なお、

・今回報道に出たのは堀ノ内小学校ですが、他にも同じシートを使っている学校が数校あります。かりに少なめに見積もって５校として……計算してみてください。

さらに、

・燃やすと決めたわけではない。燃やすとしても、杉並工場で燃やすということはまずありえない。その理由は…

・養生シートは杉並区という事業所が排出する「事業系不燃ごみ」です。

・小さな事業所だと「事業系不燃ごみ」は有料シールをはって一般ごみといっしょに出します。しかし、杉並区という大きな事業所は（自前で清掃事業をもっているにもかかわらず、ってことですが）民間廃棄物処理業者に処理を頼んでいる。

・したがって、「どこで」「どのように」処分するかは、杉並区が決めて業者に依頼することになる。

・その「杉並区が決める」ところで、いまのところ決まっていない、


　国は、新聞報道のように「ほかのごみとまぜれば燃やしていいよ」と言っています。「うすめればいい」なんて！　放射能には通用しません。（ちなみに区は「希釈すればよいと言われた」と言っています。）杉並工場で燃さなければいいという話ではありません。他の場所でもダメです。もちろん。

　この話は、ある意味「除染」でごみが出たのと同じような状態になっているわけね。ということは、杉並区が当分「責任もって安全に保管」するしかないんじゃないか。

　とにかく、拙速に燃してしまわないように、区に意見出したほうがいいと思います。</description>
         <link>http://suginami-waku2.net/2011/12/post_12.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">わくわくレポート143号</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 14 Dec 2011 13:00:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「原発都民投票」にご協力下さい</title>
         <description><![CDATA[「原発を続けるのか、やめるのか」
　　　私たち主権者が決めよう
　　　　　　…という署名を集めています

東京電力の保有する原発をこれからどうするのかを住民投票で決めよう、という<a href="http://kokumintohyo.com/branch/">署名運動</a>が始まりました。ぜひご協力をお願いします。

「直接請求を成功させる会」（電話03-3200-9115）
また、松尾ゆりまでご連絡くだされば、ご署名いただくことができます。]]></description>
         <link>http://suginami-waku2.net/2011/12/post_13.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">わくわくレポート143号</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 14 Dec 2011 12:30:22 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「杉並区基本構想」に意見書を提出</title>
         <description><![CDATA[<blockquote>杉並わくわく会議は、杉並区基本構想審議会に提出された「基本構想の『たたき台』」への意見書を提出しました。その全部を紹介します。</blockquote>

杉並区基本構想審議会　各位
<div align="right">2011年10月19日　杉並わくわく会議
代表・松尾ゆり（前杉並区議会議員）</div>

<strong>基本構想（たたき台）に対する意見</strong>

　先日開催された「杉並区基本構想審議会」に提出された「たたき台」を拝見いたしました。いずれ区民意見募集もあるとのことではありますが、この時点での私どもの意見を申し上げます。取り入れていただければ幸いです。

<strong>１．全体について</strong>

●基本構想は行政の指針となるべきものであり、区民の行動規範ではありません。ところが、「たたき　台」では区民間の「ささえあい」「協働」など共助の概念が多用され、そのことにより行政の責任範　囲が曖昧にされています。あくまでも「行政が１０年間に何をするのか」が明確にされるべきです。

●将来像のスローガンに理想が感じられません。「福祉」や「文化」の充実は目指さなくてよいのでし　ょうか。これらの語を書き込む必要があります。（例：88年基本構想「緑ゆたかな福祉と文化のまち」）

●「はじめに」以下、「まちづくり」を中心とした構想になっており、再開発が優先されて静穏に住む　権利や福祉が軽んじられる危惧があります。

●理念をかかげるはずの基本構想で、なぜか「荻窪周辺まちづくり」だけ事業が具体的に書かれている　ことは突出しており異様です。「都市機能の強化」「杉並の顔づくり」は区民的な合意にはなっていま　せん。基本構想にかかげることは不適切です。杉並をどのようなまちにするかは、基本構想制定後「ま　ちづくり基本方針」の区民的議論にゆだねるべきです。

<strong>２．福祉について</strong>

＜提案＞

(1)杉並区の将来像に「福祉」の言葉を入れる。（上記１．参照）
(2)「１０年後の姿」に「福祉の基盤整備」をくわえる。
(3)５つの目標の中で、福祉の項目の順位を上げる。（例：「21世紀ビジョン」では２番目）
(4)目標４を変更する。（例：「福祉と健康をささえるまち」など）
(5)「基本的な方向」「重点的取り組み」の「孤立防止」に「行政による実態把握」を加える
(6)目標４の項では、貧困問題、母子福祉、児童福祉がぬけ落ちているので加筆する。

＜理由＞

●行政の最も重要な仕事は、「健康で文化的な最低限度の生活」の保障です。かつて杉並区は「福祉の　まち」と言われました。新基本計画の中でも「福祉」を重視し、区の最も大きな仕事として明確に位　置づけるべきです。
●「はじめに」「抱える課題」には「少子化・高齢化が進む」ことが指摘されていますが、そのことに　よる課題が書かれていません。高齢者福祉をはじめ、福祉の充実を目標として明確にすべきです。
●随所に「ささえあい」「地域」と書かれ、福祉の担い手が区民であるかのように描かれますが、審議　会でも意見が出されたように「行政の責任」と「区民の役割」（区民にできること）とは区別する必　要があります。また、行政の役割として特に基盤整備と実態把握（お達者訪問など）を重視します。
●リーマンショック以降の経済状況において、杉並区でも貧困の問題が深刻になっていますが、一言も　触れられていないのは問題です。また、母子福祉、児童福祉についても福祉事業としてきちんと書か　れるべきです。

<strong>３．社会教育について</strong>

＜提案＞

(1)目標５の後半、社会教育について詳しく記述する。
(2)「基本的な方向」の(4)を「生涯学習・社会教育の充実」などとする。（社会教育の語を入れる）
(3)「基本的な方向」ほか各パートに、図書館の充実を明記する。
(4)男女共同参画、平和、多文化共生等の項目をいっしょくたにせず、各分野についての区の姿勢を丁寧　かつ明確に整理しなおす。
(5)消費者行政について抜けているので、加筆する。

＜理由＞

●目標５の項目は、ほとんどが学校教育について述べる一方、社会教育についての言及がわずかしかな　く、均衡を欠いています。
●自治体における社会教育は、自ら学び自ら行動する住民自治の根幹です。しかし「目標５」には単な　る教養講座以上のものが表現されていません。
●「知の循環型社会」について子どもの教育の視点からのみ書かれており、社会教育・大人の学びが抜　け落ちています。大人の学び＝生涯学習・社会教育なしに循環は成立しません。同時に、知的インフ　ラとしての図書館の充実を明記することが必要です。
（中教審答申では「知の循環型社会」構築のため、生涯学習振興・社会教育の必要性・重要性が強調さ　れ、また、学校だけでなく図書館などの社会教育機関の活用が必要と指摘されています。）
●杉並区は、区民と行政が協力しあう自発的な学びの場から、多くの先進的な活動、政策を産み出して　きました。高齢者福祉、文庫・図書館活動、消費者運動、環境問題への取り組みなどは一例です。こ　うした住民自治の活動こそ杉並区の財産であり、今後も行政の協力・支援が必要です。
                                                                                以上]]></description>
         <link>http://suginami-waku2.net/2011/11/post_9.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">杉並区基本構想</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 28 Nov 2011 10:52:31 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ＴＰＰへ強まる反対の声</title>
         <description><![CDATA[<strong>●ＴＰＰへ強まる反対の声</strong>

　ＴＰＰ（環太平洋パートナーシップ協定）参加をめぐり、反対の世論が高まっています。政府は、APECを前に「参加表明」するとのことですが、民主党内ですら根強い反対が続いています。

　昨年10月に当時の菅首相が突然ＴＰＰ参加を打ち出し、その後「バスに乗り遅れるな」とマスコミあげて宣伝が行われてきましたが、ここへきてその問題点がようやく広く知られるようになってきました。

　リーマンショックから3年、いまだに立ち直れないどころかいよいよ危機にはまりこむアメリカが、日本を食い物にして活路を見いだそうとしているのがＴＰＰ。当初、農業関係者がいちはやく反発し、農業への影響が主に取り上げられてきましたが、農業ばかりでなく、医療分野や金融、雇用と日本経済に全面的に打撃を与えるものです。例外なき関税の撤廃、さらに非関税障壁とみなされれば、あらゆる政府の規制も否定されます。日本という国の主権が危ういといっても過言ではありません。


<blockquote><strong>アメリカのいいなりの政治をやめよ！
ＴＰＰ参加を許さない！</strong>

11月19日（土）13:30～
<a href="http://www.saitama-ctv-kyosai.net/introduction/kaikan.html">さいたま共済会館6Fホール</a>

　ＴＰＰ参加をめぐり、日本が進むべき方向を、農業、医療、など各界の方々が語ります。また、特別ゲストとして原発に反対した前福島県知事・佐藤栄佐久氏が発言します。
（主催：自主・平和・民主のための広範な国民連合　全国総会特別企画。どなたでも参加できます）</blockquote>


<strong>●介護保険料、自己負担とも引き上げ？</strong>

　厚生労働省は、来年度へむけた介護保険の制度改正の中で、介護保険料の引き上げ（65歳以上の全国平均で月5000円超に）と自己負担の引き上げ（現在は全員1割負担→所得に応じて一部2割負担）などを検討していると報じられました。

　また、施設にかかるお金を極力減らすために軽度の人の入所を制限する、ケアプランを有料化、などの利用者負担増も考えているようです。

　2000年に発足して以来、介護保険は、当初の「誰もが安心して介護を受けられる」という看板がすっかり色あせました。介護する家族とご本人の負担はさらに増すばかりです。


<strong>●杉並区「基本構想」案に意見を出しましょう</strong>

　今後10年の杉並区政の方針を決める「基本構想」は11月11日から1か月、区民意見募集（<a href="http://www2.city.suginami.tokyo.jp/news/news.asp?news=12854">パブコメ</a>）が行われます。11日付広報に案と募集のお知らせが掲載されますので、ご覧の上、皆様もご意見をぜひ出してください。

「杉並わくわく会議」では、
（１）福祉をもっと重視し大きな目標とすべき
（２）行政の責任をあきらかに
（３）まちづくりが再開発に偏る心配がある、
…などの意見をまとめて、杉並区と審議会に提出しました。

<blockquote>【関連】<a href="http://suginami-waku2.net/2011/09/post_7.html">いろいろ問題ありそう 杉並区の「基本構想」≫</a></blockquote>]]></description>
         <link>http://suginami-waku2.net/2011/11/post_11.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">わくわくレポート142号</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 18 Nov 2011 06:22:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>理想の特養ホーム、道は険しく</title>
         <description><![CDATA[　先日、特別養護老人ホーム「<a href="http://www.3friends.or.jp/html/body.html">サンフレンズ善福寺</a>」の見学会に参加しました。同施設は2007年8月、杉並区内で初めての全室個室特養として開設されました。施設だけれど、我が家のようにすごせる場所として、長年の市民運動の理想を託した施設です。各個室には、それぞれ個人宅から使い慣れた家具や日用品を持ち込むことができ、また、トイレも各部屋ごとについています。定員が34名と小さい施設ですが、入所を待っている方がなんと300人と聞いてため息…。

　所長さんのお話をうかがいました。これまでの施設で当たり前に行われていた介護、すなわち、入浴やトイレなどを、時間で決めて、流れ作業のように順番にするやり方ではなく、一人一人の生活のペースを大切に、たとえば起きる時間も一斉起床ではないし、入浴も脱衣から入浴、着衣と一連の流れを同じ職員が介助するというやりかたをとっているそうです。悩みはそのために人件費がかかり経営が厳しいこと。公費による支援が求められると思いました。

　実は、この施設では何度かボランティアをさせていただきました。ご利用者さんや職員さんとの対話は、教えられること、励まされることがたくさんありました。皆様に心から感謝です。]]></description>
         <link>http://suginami-waku2.net/2011/11/post_8.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">高齢者福祉</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 18 Nov 2011 06:16:55 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>いろいろ問題ありそう 杉並区の「基本構想」</title>
         <description><![CDATA[　昨年就任した田中区長のもとで区の新しい「基本構想」の検討が進められています。今後10年の区政の方針を決める大切な計画です。審議は、骨子をまとめるところまできました。公表されている資料をみるとクビをかしげることが多いのです。

<strong>●「福祉のまち」はどこへ消えた？</strong>

　かつて杉並区の基本構想は「みどり豊かな福祉と文化のまち」をかかげていました。しかし前区長時代には「区民が創る『みどりの都市』杉並」となり、福祉と文化はどこかへ消えました。今回は？と見れば「福祉」はついでのように、片隅に小さな字で…。最も大文字で書いてほしいのに。
　それに、「協働」「支え合い」が目立ちます。自治体の仕事のカナメは、福祉サービスを届けること。基本構想は行政の計画なのですから、区民まかせにしないで行政の責任を第一に明記してほしいものです。

<strong>●これ以上の開発が必要なのか</strong>

　「杉並のまちづくり…埋没への懸念」とあります。「埋没｣？ 新宿や渋谷と比べて、でしょうか。都心と違い、各駅周辺が住宅地とマッチして落ち着いたいい味出している所が杉並の良さだと思うのですが。そして、抽象的な項目の羅列の中でなぜか「荻窪駅周辺まちづくり」だけが具体的にあげられています。開発を進めてトクするのは誰でしょうか。

<strong>●自然環境を守るには</strong>

　杉並区内では大規模なマンション開発などが問題になっています。みどりを守るには、大規模開発の規制、建物の高さ制限や景観保護なども必要ですが、述べられていません。

<strong>＜意見を出しましょう＞</strong>

　11月には基本構想についての意見募集が行われます。区民意見をたくさん寄せて、少しでもまっとうな基本構想にしていきましょう。]]></description>
         <link>http://suginami-waku2.net/2011/09/post_7.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">わくわくレポート141号</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 13:21:18 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>税と社会保障の一体改革　福祉はどこへ</title>
         <description>　野田内閣が発足、財務相当時から増税推進派の野田氏。復興増税、そして消費税増税の議論がいっきに進みそうで心配です。社会保障との一体改革といいますが、社会保障の見直しは福祉の削減へ、そして増税とダブルパンチになることは目に見えています。

　また、来年度は介護保険制度の改定の年ですが、国は、介護予防サービスの制度変更（「介護予防・日常生活支援サービス」創設）など、ますます介護度の低い人を切り捨て、ますます事業者に丸投げ、という方向へ進みそう。大手介護サービス企業は介護保険外サービスに手を広げ始めています。本来高齢者福祉として保障すべきサービスが儲けの対象になってしまいます。</description>
         <link>http://suginami-waku2.net/2011/09/post_6.html</link>
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         <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 13:19:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>緑豊かな福島の大地を返せ</title>
         <description><![CDATA[　8月12日、猛暑の中「福島県農林漁業者総決起集会」が開かれました。日比谷野音いっぱい約3000人が参加。原発事故のおかげでめちゃくちゃにされた大地と海。怒りと暑さでボルテージは上がる一方。

　集会では、農協の方々の訴え（原発への怒りはもちろん、「事故収束の見込みも立たないのに、いまだにTPP参加などと言っているのは許せない！」）が続き、その後国会議員があいさつ。

<img alt="東電本社前を通る福島県漁連のデモ" src="http://suginami-waku2.net/2011/09/report141a.jpg"  align="right" />　特に民主党・渡部恒三氏にはかなりヤジがひどく、何度も「ちょっと聞いてください」とよびかけながらのスピーチでした。「新しい内閣でしっかりやります」には失笑が。渡部議員は自民党時代からの原発推進の中心人物だし。もちろん、自民党へのヤジもかなりのもの。集会後、デモが行われました。東電前では「ここが東電か！（投げる）石はないか？？」という声も。]]></description>
         <link>http://suginami-waku2.net/2011/09/812.html</link>
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         <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 13:11:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>仙台・福島訪問（8月4日記）</title>
         <description><![CDATA[<strong>◎東北朝鮮学校</strong>

　今回は、岩手に赴任する知人の車に便乗。仙台、福島を訪ねました。最初に、知人が訪ねた仙台の朝鮮学校へ同行しました。仙台の朝鮮学校、正式には東北朝鮮初中級学校。昔は高校もあったそうですが、現在は小中学校のみ。この学校は、仙台の山の上にあって、緑豊かで広々としたキャンパス。街中から出発すると青葉城、東北大学、まさに杜の都を駆け抜けた（というとかっこいいけど、迷った）先にあります。この日は夏休みなので、生徒は部活のために登校、サッカー部と舞踊部（というのでしょうか。民族舞踊の子たち）の練習風景がみられました。校長先生が迎えてくださり、知人が支援物資をお渡ししたあと、キャンパス内を案内していただきました。

<strong>＜校舎全壊、寮で授業＞</strong>

　震災で校舎は「全壊」となりました。1971年に建設されたので、40年もたっており、老朽化していたとはいえ、職員室の廊下側の壁が完全に倒れガラスが散乱していました。上階に行けばもっとひどい状態だそうです。幸いなことに、教員・生徒は全員無事。数日前にわりと強い地震があり、そのときに、「もしも大地震がきたら」という防災の心得を徹底していたとのこと。

<img alt="東日本大震災" src="http://suginami-waku2.net/2011/09/f101.jpg"  />
<img alt="東日本大震災" src="http://suginami-waku2.net/2011/09/f102.jpg"  />

　校舎が「全壊」と認定されたため、使えなくなり、現在は教室も職員室もすべて、宿舎（旧学生寮）に仮住まいしています。もちろん、校長室も。もともと4人部屋の小さな部屋で、つくりつけのベッドがそのまま残っている部屋の、狭い共有スペースにほんの数組のイス・机を入れて授業をしているのでした。

<strong>＜避難所へ支援の活動＞</strong>

　キャンパス内の食堂では舞踊の練習をする子どもたち（乙女たち、かな）。この食堂は震災後の拠点になりました。震災直後は電気、ガス、水道が全てとまり、雪も降るという中、食堂に集まって、支援などの活動を行ったとのこと。学校には人的被害はなく、支援物資なども寄せられ、物的な不自由はあまりなかったようです。むしろ、近所の小中学校や施設に避難した方たちのために支援物資を運んだり、おにぎりを握って炊き出しをしたりという活動をしたそうです。

　「全壊」の建物は全額公費負担で取り壊しが行われるそうです。それはいいのですが、新しい校舎を建てなくてはなりません。もとは鉄筋4階建て。「同じような建物を建てるんですか？」と聞いたら、「いえいえ、とんでもない」。最盛期は小中高あわせて900人もの生徒がいた学園も、現在は小中25人なのだそうです。「現在の倍としても50人程度が使える規模のものと考えています」とのこと。しかし、それでも建設費は2億円ぐらいになりそう。公費補助は半額なので1億円を自前で払わなくてはなりません。その上、ひどいことに宮城県は朝鮮学校への通常の補助金をストップしています。東京と同じ！

　「学校は物資に不自由しているということはありません。むしろ全国から支援物資が送られてきて、差し上げているくらいです。問題はこれからの校舎建設に向けて、お金が足りない、ということ」と校長先生。

　仙台の朝鮮学校が校舎倒壊にもかかわらず、被災者の支援活動、炊き出しを行っているということは、震災直後に伝えられました。校舎の再建に対して、国や県はどう支援するのか。しないのか。

<strong>◎福島県庁～高齢者施設と震災避難</strong>

　岩手へ向かう知人と別れ、私は新幹線で福島へ。仙台と福島って、新幹線だと30分なのですね。福島県庁は、福島駅から徒歩10分ほどなので、歩いていきます。県庁へ行ったのは、震災・原発避難で高齢者施設などがどうなったのかを教えてもらうためでした。以下、そのお話。

<strong>＜31施設、2000人の高齢者施設が閉鎖中＞</strong>

　現在、20キロ圏内（警戒区域）、30～20キロ（緊急時避難準備区域）、計画的避難区域（飯舘村など）の3つの区域内では入居施設が運営できません。建物に全く損傷なかったところでも（大丈夫だったところがほとんど）建物だけ残して、入居者は避難を余儀なくされています。
　その数は合計で31施設（定員合計1774床＋ショートステイ200床）。2000人もの高齢者の方々はどうしているのか。グループホーム11カ所153床も含まれます。認知症の方々は生活できているのか。
　県庁の担当の方は現状をすべて把握しているわけではありませんでしたが、使えなくなった施設の利用者のうち、多くは避難先などの施設に入ったのではないかということでした。というのは、県に直接、施設入居の問い合わせが来るのだそうです。本来介護保険だから市町村が対応するところなのですが、市町村役場じたいが移転などで対応ができないところが多い。県庁の高齢者福祉課が直々に施設とかけあって入居を斡旋しているということでした。
　施設側は「オーバーベッド」の状態です。利用者の増加が一時的であればともかく、長期化していくので、当然利用者数に応じて職員も新規雇用しなくてはならず施設の負担になっているとのことでした。
　現在休止している31施設の運営主体は、多くが地元密着の社会福祉法人であって、1つの施設を運営するための法人。いくつもの施設を他の地域にもっていれば利用者も職員もそこへ移れるのですが、そうはいかず、再建はまず無理だろうとのこと…。

<strong>＜仮設でオープンする施設も＞</strong>

　グループホームのうち2カ所は民間の賃貸物件で仮オープンしているそうです。この2カ所を含む4カ所が仮設グループホームへの移転を希望し進んでいます。一方、特養は設備的な基準などから仮設でのオープンは難しい（国が許可しない*）とのこと。じゃあ、どこか別の町にちゃんと建物を建てて再建ができるのか？というと、もちろん相当の資産がなければ新たな施設は建てられない。二重ローンになる場合もある。
（*その後、国は条件付きで仮設の特養を認めました。）
　浜通り地方の施設が軒並み閉鎖状態というと、県全体の施設需給にも大きな影響があるのではないでしょうか？　ちなみに県全体の施設数は特養＋老健で約16000床。31施設のうち特養、老健の定員は1400床余りなので、1割弱に相当します。
　いや、待てよ。東京と違って、定員よりもそもそも空きがあるのでは？　とも思ったのですが、そんなことはないそうです。入居待機者が列をなしているのは東京と同じ（もちろん数は違うけど）。そういう状態のところにさらに避難した人たちが入っているためのオーバーベッドです。
　「では、さらに特養などを増やさないとですね？」とふると「いえいえ。もう施設は建てません」というのが県の答えでした。もちろん、今回の震災、原発のために福島県は際限のない出費を迫られ、それどころではないというのはわかりますが、このままでいいとは思えませんでした。県だけでどうしようもなければ、国や東電に要求することも必要だと思います。
　前に福島県庁に伺ったとき、仮設住宅の高齢者サポート拠点（デイサービス、配食などを行ったり、保健師が常駐など）についてお話を聞いたので、その後どうなったかをききました。2、3の拠点がそろそろ稼働するそうです。「仮設住宅が不人気だったりするので、サポート拠点が仮設の目玉みたいに宣伝されてます。そういうつもりで作ってるわけじゃないんですけどね」と苦笑のエピソードも。

<strong>◎「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」（略称「子ども福島」）</strong>

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　駅からの道すがら、県庁前の政府刊行物・官報を扱っている本屋を通りかかりました。すると入口に「新しい放射能汚染分布図あります」と分布図のコピーが貼りだしてあるんです。こんなお役所系の本屋まで…！それから、途中の商店街でも「放射能を体から出す」という能書きでデトックス食品が売られていたり。日常生活の中で普通に放射能と向き合わなくてはならない光景。

　さて「子ども福島」へ向かいます。だんどりの悪い旅だったので、当日の昼頃電話をして「お話をうかがいたいのですが、可能でしょうか」という申し込みにもかかわらず、連絡担当の方も事務所番の方も丁寧に応対してくれました。

<strong>＜放射能と向き合う生活＞</strong>

　県庁からほど近い場所に事務所を構えて（もとは喫茶店の一部だったらしい）平日の9～5時は必ず人がいるそうです。「事務所を持ったことで運動がやりやすくなり広がりました」とのこと。実際、相談やボランティアの申し出に来る人、私のようにようすを聞きに来る人などが絶えないそうです。私が行ったときも、当番のスタッフのほか、ボランティア希望の男性が来ていました。また、しばらく前に「市民放射能測定所」が事務所内に設置され、この日は「依頼を受けて外に測定に行っている」とのことでした。

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　お話をきいてカルチャー・ショックを感じたのは、福島では、放射能をいかにとりこまないか、ということと同時に「すでにとりこんでしまった放射能をいかに排出できるか」「健康への影響を最小限にとどめられるか」ということが現実の課題になっていること（そのためのデトックスや健康食品情報など）でした。駅からの道すがら見てきたさりげない光景もその一部です。私たち東京の人間が感じている漠然とした恐怖とは違う段階に入っていることに、大きな落差を感じます。福島では被曝の現実を知って、知識も得て、精一杯対処していかなくてはならないのです。

<strong>＜避難を困難にするバリアは＞</strong>

　とても気になっていたのは、避難地域に指定されていないが放射線量の高い中通り地方の福島市、郡山市などの子どもを避難させるべきではないかということです。なにが避難の障害になっているのでしょう？

　「理由はいろいろあるのですが、まず心理的な面、考え方。仕事や学校がある。中高生になると部活があったり友人と別れたくない。もちろん家族の反対もあります」
　原発から遠いから大丈夫、という方。「年寄りを置いていくのか」と反対する家族。お母さんは避難したいのにお父さんは「気にしすぎじゃない」というケース（またはその反対）。

　「それとともに、被曝地という認識ができていない面もある」え？　ちょっと意外でした。「でも、症状は出ているんですよ。鼻血が出るとか。のどが痛いとか。私も口のまわりが腫れました。」

　私はこの話をきいて、「杉並病」のことを思い出しました。同じです。杉並病の場合も、多くの方が、症状は出ているのに「私は公害の被害者ではない」と（被曝の自覚がないまま）重症になっていきました。公害を出している都と区は、御用学者を使い「症状は心因性のものである」と決めつけ、公害が続いていることを否定し続けました。杉並病と違い「放射能」という誰もが恐ろしいと知っている毒物なのに、それでも同じことが起きている…。

　「長崎大学の山下俊一教授の『洗脳』の影響が大きかった。年間100ミリシーベルト以下は大丈夫と思わされてしまった」（山下氏は7月に福島県立医大の副学長に就任。県民健康調査に携わるそうです。福島は実験場なのでしょうか）。

　避難先での差別の話もありました。「放射能がうつる」なんて、なんというバカな話なんだろうと思っていましたが、本当に言われるんですって！　ある方は避難していった先の親戚に「家に入る前に着てきた服は全部脱いで」と言われたそうです。親戚ですよ！

　さて、いまネットワークで力を入れていることのひとつは「記録すること」。自らの被曝量を記録することで、将来健康不調が起きたときに証明できるようにすること。考えようによっては恐ろしいことです。「将来の健康不調」がないほうがいいんだから。しかし、放射能が相手です。最悪のことも考えなくてはなりません。

<strong>＜地域から変えていく＞</strong>

　そして、もうひとつ「条例の変更などを求めていくこと」。これはちょっと唐突な感じがしたのですが、実は子どもたちの避難のため。避難させたいと思っても子どもを避難させることのできない家庭は多く、そのための公的な支援や「避難する権利」を確立する条例づくりが必要。でも、たとえば住民投票で決定したいと思っても、とてもハードルが高いのです。地方自治体（県や市町村）とその制度をどう変えていくかが、ここでは直面する大きな問題になっているのでした。

　「政府交渉もやってきたけど、らちがあかない。地域で制度を変えていかないと」
　ちょうどこの週、福島市は市議選の真っ最中で、宣伝カーも走っていました。けれど、掲示板のポスターで見るかぎり市議会は原発問題にあまり関心もっているようには見えませんでした。共産党は「脱原発」、公明党は「福島には原発いらない」（「福島には」ですが)と書いています。しかしその他の候補者で原発問題をポスターに書いていた人は3人だけでした。市民の日常と議会の温度差を感じます。

　放射能から子どもを守ろう、と必死にやっていった先が、結局、やっぱり地方自治に行き当たったということ。自治とか民主主義ということを考えさせられます。

<img alt="東日本大震災" src="http://suginami-waku2.net/2011/09/f105.jpg"  />]]></description>
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         <pubDate>Tue, 20 Sep 2011 12:46:15 +0900</pubDate>
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         <title>原発避難の方々を訪問（7月20日記）</title>
         <description><![CDATA[　群馬県東吾妻町の杉並区施設などに南相馬市民約150人が避難しています（当初は400人）。そこで、避難している市民の方々、市職員の方々のお話をききにいきました。休日にご迷惑だったと思うのですが丁寧に対応していただきました。訪ねたのは、杉並区の保養施設「コニファーいわびつ」と地元東吾妻町の「ふれあいの郷」（町立温泉施設、福祉施設）です。

　南相馬市は「市長メッセージ」を発し、市民の「帰還計画」をうちだしています。仮設住宅は数の上では受け入れられる程度にあるそうです。しかし「ふれあいの郷」で話した子どものいる世帯は皆、市内に帰らず、避難先の群馬県で町営住宅に入るとのことでした。理由はもちろん放射能です。市にはかなり批判、不安の声が手紙やメールで届いているようです。「安心できないのに戻れというのか」という市民の気持ちなのでしょう。

<img alt="東日本大震災" src="http://suginami-waku2.net/2011/09/f201.jpg"  />

<strong>（1）南相馬市役所東吾妻出張所</strong>

　最初に職員のAさんに話を聞きましたが、のっけから「いやー、実は私、3年前、杉並区役所に出向で行っていたんです」と言われ、いっきになごんでしまいました。この方が、私たちの受け入れを手配してくださり、電車でうかがった私たちを駅（JR吾妻線群馬原町駅）まで出迎え、さらに「ふれあいの郷」から「コニファー」まで車で送って下さったのでした。ずっとつきそって下さり、本当に申し訳ないほどでした。

さて本題。

<strong>◎2施設への避難の状況</strong>

・もともと南相馬市は鹿島町1万、原町市5万、小高町1万が合併した7万人の町。現在は市外に避難した人が多く、人口で半分ぐらいになっている。特に子どもがいない。市内では子どもの姿がみえない。

・小高町は20キロ圏内で強制避難。東吾妻に来ている人たちは、ほとんどが最初のころに小高から避難した人。一部浪江町の方も。年齢構成は50代以上が60％。

・避難者のこれからの転居先として、公営住宅が提供されているが、地元東吾妻町には公営住宅がなく、隣の中之条町の町営住宅（20戸）、群馬県営住宅（96戸：前橋）、このほか民間住宅の借り上げ仮設への転居など。

<strong>◎南相馬市の苦境</strong>

・市の一般会計300億に対し、6月補正で120億をたてた。税収は今年度50億減が予想されている。財政的にはかなり厳しい。

・中小企業は45％再開。再開できないのは、震災被害のほか、製品の放射能検査などで採算が合わないのではないか。

・大手小売（マック、ユニクロ、ヤマダ電機など）が再開していない。撤退するのではないかと言われている（お客がいなくなって採算があわないっていうことか）。町の商店は、がんばって店をあけている。

<strong>◎「帰還計画」</strong>

　南相馬市は、7月8日付で市長メッセージ「帰還計画」を発表。そして「南相馬市内の状況報告」を配布しました。私たちが訪ねたとき、ちょうど避難している人たちへの説明を終え、今後どうするかの意向調査をしているところでした。

<strong>「帰還計画」とは…</strong>

・市外の一次避難所（体育館や公共施設など）は7月末、二次避難所（ホテル、旅館などの借り上げ避難所）は8月末に撤退の予定。一次避難所を退去したあとは、仮設、民間賃貸（借り上げ仮設）、二次避難所、自宅などに転居する。

・二次避難所（「コニファー」などはこちらにあたる）に入所している市民は…「可能な限り自宅に戻ります。また、自宅に戻れない市民は、応急仮設住宅へ入居し、自立への道へ踏み出します」…（このあたりが避難している人たちの逆鱗に触れたのではないかと思います。）

<strong>「市内の状況報告」…</strong>

・仮設住宅：現在1650戸あり最終的に2452戸になる計画。（うち市外新地町で100、相馬市で270戸提供をうける）

・学校・幼稚園・保育園：30キロ圏内は閉鎖中。30キロ圏外の市内鹿島区にスクールバスで通っている。

・病院：外来はほぼ正常。入院は閉鎖中（市立病院ほか3病院が総合病院で205床）

・介護：入居施設は30キロ圏内は閉鎖のため、養護老人ホームは移転。施設は満床。在宅サービスは事業所が戻っており提供できている。…

放射線量などのモニタリング、除染などについては、「直ちに健康被害をもたらすことはない」とか「基準値以下」とか国の説明の口移しで、しかも数値は示されていないので、到底安心にはつながらない説明です。避難してきている市民にお話を伺いました。説明された市の方針に対して、市民の受け止めは厳しいものです。

<img alt="東日本大震災" src="http://suginami-waku2.net/2011/09/f203.jpg"  />

<strong>（2）避難している人たちの話</strong>

　「ふれあいの郷」は入浴施設です。実は私も「コニファー」に家族旅行したときにここに来た覚えがありました。町営温泉と福祉活動のスペースが併設されています。多くの方が避難していたのですが、閉鎖間近ということで、かなり人数は少なくなっていました。この日はそのうち3家族とお話ができました。4人の女性と子ども5人、この方たちは、わりと広い部屋とはいえ、1部屋に仕切りなしで住んでいました。プライバシーがないといえばないのですが、3家族で仲良くやっているそうです。1人の女性は調理師で、料理に活躍されているとのことでした。

・Bさん：南相馬市原町区から。自宅は全壊。夫は自営業で市内に戻って仕事をしている。子どもは中・高生。

・Cさん（お姑さん）、Dさん（お嫁さん）：浪江町から家族で避難。子どもは小学生。

・Eさん：南相馬市原町区から。夫は市内で働いている。小学生ふたり。

　3世帯とも中之条町営住宅にひっこしが決まっている（赤十字から支給される仮設住宅の「家電6点セット」が届きしだい転居するだんどりになっているが、この6点セットがなかなかこないのだそう）。みなさん「市は戻ってこいというけど、放射能が心配で、子どもは南相馬市に戻したくない。また、現地の学校になれてきて友達もできたので、続けて通わせたい」と考えて中之条町営住宅を選んだのです。

　「市は帰ってこいというけど大丈夫とは思えない」「東電も国も色々いうけど、うそばっかりで信用できない」「学校が再開されるというが、しばらく様子をみないと安心できない」と口々に。

　「どういう状況になったら帰れると思いますか？」と聞いてみました。

　「とにかくまずは学校などが正常に開かれること。でも、それでも戻れない。1年ぐらいは様子を見て安全と思えれば帰るけど…」

　職員のAさんが「市としては、学校を夏休み中に除染すると言っているから、多分秋には再開するつもりだろう」と言うと、Cさんが「学校だけ除染してもダメ。自宅やまわりも全部やらないと。だけど自宅は市がやってくれなくて、自己責任だっていうんでしょ。自宅には庭も畑もあって広いから自分ではとてもできない。通学路だって除染しなくては。子どもは草むらにだって入るんだから」

　Bさんは北海道に子どもの避難キャンプを申し込んでいたのに福島県が補助してくれないことになり、自費負担が発生するので困っていると言います。

　お母さんたちは、皆、勉強の遅れが心配といいます。避難のために遅れてしまったけど、いまの学校でフォローしてくれるわけではない、とのこと。

　「そういえば、杉並区から教員（区費教員）を派遣した。あの人たちは？」とききましたが、勉強の指導ではなく、心のケア、遊び相手を担当していたそうです。

　Bさん、Eさんは夫が市内で働き、母子が群馬県に住むという別居状態になります。それでも南相馬市には戻らないという考え。それも国や市に対しかなり不信感をもっておられる印象でした。

ひとしきりお話をうかがって、次は「コニファー」へ移動。

<strong>（3）「コニファーいわびつ」</strong>

　以前、子どもを連れて訪れた「コニファーいわびつ」はなつかしい施設でした。キャンプやバーベキューもできるし、スポーツをする人はテニスやサッカーもできます。いいところです。9月をめどに避難所としての役割を終えて、保養施設として再開に向けて動き出すとのことでした。

<strong>◎コニファーでの生活</strong>

・高齢者がほとんどで、避難後すぐは体調を崩す方も多かった。現在デイ1名、ショート1名地元で利用している。家族の負担軽減のため。単身の方で認知症の人がいたが、養護老人ホームに措置入所された。

・病院へ行くために毎日バスを運行（朝9:20に出発。行きたい人は事前にロビーにある通院申込書を書いてもらう）病院では時間がかかるため、毎日別々の診療科にかかっている人もいる。毎日平均15～16人。

<strong>◎施設内のようす</strong>

　職員のFさんに施設内を案内してもらうと、ロビーに南相馬市の各地でとってきた「今のようす」の写真がはってありました。それを見て、Fさんが「高齢の方たちは、被曝してもよいから戻りたいという思いが強いです」と言われました。Fさん自身、浪江町の出身で、今は帰ることができません。父母兄弟は現在ばらばらに、それぞれ仕事の関係で別なところで暮らしているそうです。職員も避難者です。

　「コニファー」はもともと宿泊施設ですから、体育館などの避難所と比べ、いい状態で暮らせています。それでも最初は満杯だったので、ふとんもびっしりひいているような状態だったそうです。本来宿泊用でない大広間もつかっています。
　
　大広間には、よく避難所にあるような仕切りがありません。最初は仕切りをいれなくてはと考え、杉並区が測量もして行ったそうですが、利用者の人たちが、ないほうがよいというので取りやめたのだそうです。お互いに交流しやすいとか、いっしょにお茶したりできるというので。もともと小高町の人が多く、単身高齢者の方も多いので、となりの人と話できるほうがいいのだとか。

　風呂掃除、配膳などの当番も交代でやっています。「自治会」のおしらせも貼ってありました。住民が自主運営をしています。玄関で出会った施設の職員さんは「ボランティアの方たちもたくさん来てくれるけれど、それに参加するだけでなく、避難している人たちが自分で企画する取り組みなどもしています」とのことでした。

　最も厳しいと感じたのは看護師のGさんの話。彼女は、子ども2人（小学生）と避難。家は原発からなんと「21キロ」のところにあります。現在は病棟が閉鎖中のため避難していますが、病棟が再開されると戻らなくてはなりません。でも、みすみす「21キロ」に小学生を連れて帰りたくないのです。彼女が自宅に戻り、両親が群馬に来るということも考えたそうですが、90代の祖父母も同居しており、両親は動けません。結局自宅に帰らざるをえないのかと悩んでいるそうです。

　コニファーは山の中にあって不便なところなので、車がないと買い物にもいけません。1日おきに施設のマイクロバスで駅近くのスーパーまで買い物ツアーに行くのだそうです。この日も3時出発のバスにのるためロビーに買い物の人たちが集まってきていました。こうして、それなりに、安定して暮らしているところへ、今回の「帰還計画」で退去期限を知らされて気落ちした人も多いとのことでした。

　今回の訪問のきっかけは「被災した方、避難している方のために何かできることはないか」と問われたことでした。しかし、ここではすでに退去へ向けた動きが始まっていることもあり、「何かしてほしい」というものがあるわけではありません。

　子どもをもつお母さんたちと話して感じたことは、どうすれば安全なのかが、誰にもわからないということです。当事者の人たちすら正確な情報を与えられず悩んでいます。何か「支援をしてあげる」と考えず、同じ母親、同じ市民として「ともに悩む」ことこそが、まず私たちにできることかなと思って帰ってきました。

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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">東日本大震災</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Sep 2011 12:37:33 +0900</pubDate>
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         <title>福島へ行きました（6月4日記）</title>
         <description><![CDATA[　ふってわいたチャンスに１泊の日程で福島へ行ってきました。仮設住宅建設に関わっておられる方が「今度いくとき便乗する？」と言ってくださったので、お言葉に甘えました。往路は須賀川市役所（震度６強のゆれで使用不能となり隣接の体育館などに機能を移転）、飯舘村を経由して南相馬市の沿岸被災地、さらに新地町、宮城県山元町と北上し（須賀川、南相馬、新地、山元のそれぞれ仮設住宅を見学）仙台市泊。翌日は福島県庁で仮設住宅についてのお話をきき、そこから単独行動。福島県教育庁でお話をきき、帰途につきました。

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<strong>◎教育庁（県庁舎が壊れているため、あちこちに分散している）の話</strong>

・すでに1万人の子ども（幼稚園から高校）が県外に移住（母数は小中高で24万人）。そのほかに県内での転校が4500人。
・原発の30キロ圏内、および計画的避難地域のため授業に使えなくなった学校が54校。それ以外に一部倒壊などで使用不能が16校。計70校がもとの学校で授業ができない状態。

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・高校ではまとまって移転できたところ（南相馬市・相馬農業高校→相馬市の旧相馬女子校校舎を利用、など）以外はサテライト教室で授業再開している。（私たちの移動の最中も、高校生のスクールバスをいくつも見ました）
・校庭の放射能汚染除去について：当初国から(1)表土5cmを削り上下置換（深い部分の汚染されていない土と入れ替え(2)表土5cmを削り穴を掘って埋め、覆土、の2つの方法が指示されたが、現実にはどちらでもなく、現在ビニールシートをかぶせて校庭においている状態。当初産廃処分場に持ち込むという話があったが、地元地域から猛烈な反対にあって頓挫（そりゃそうです）。
・表土除去は県下59自治体のうち11自治体で実施。
・5月27日に文科省から福島県の全教員に簡易型積算型の線量計を配布。1か月に1回国に報告する（原子力安全委員会に報告し、発表される）。
・55校の特に線量の高い学校については、4月26日に先行して配布が行われた。これらの学校は週1回報告し、2週に1回発表される。

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<strong>◎20ミリシーベルト問題</strong>

　「20ミリシーベルト（年間の被曝上限）についてはどうなんですか」と聞きました。保護者からは県教育庁にも電話あるいは直接来訪での要望、問い合わせ、抗議なども多いようです。「国の20ミリではなく、県は独自のもっと厳しい基準を作ってほしい」との要望が寄せられているが、県として基準をつくるとすれば、科学的根拠がなくてはならず、今のところ国の基準でやっていると苦しい説明。

<strong>◎福島市第一小学校</strong>

　福島県庁の前には福島市第一小学校があります（ちなみに、ここでも県教委が一部執務しています）。外観では授業をしているように見えなかったので、きいてみると「授業はやっているが、授業中は窓を閉め切っている。校庭は使わない」とのことでした。校庭の使用については県として禁じているわけではなく、学校の判断とのことでした。この学校は表土の除去はしていません。

<strong>◎飯舘村</strong>

　飯舘村は車で通過したのですが、計画的避難地域に指定され、ほとんど人気がなくなっている状態でした。「山は青く、水は清く」緑豊かな日本の原風景ともいえる里山の村です。水田が続くのですが、昨年の稲を刈った株がそのままに、全く作付けをされず放置されているのが、なんとも悲しいです。

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<strong>◎沿岸部</strong>

　津波被害を受けた沿岸部にも連れて行ってもらいました。かなりがれきの撤去が進んでいる状態で、見渡すかぎりの「更地」状態に絶句するしかありません。土台だけになっている家ばかり。ところどころ残った建物がありますが、1階部分は津波が抜けていって柱だけとか、場所によっては3階まで津波が達している建物もありました。想像を絶する被害です。

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<strong>◎仮設住宅～孤独死を防ぐ</strong>

　今回、建築家の皆さんが仮設住宅への取り組みを検討する旅に便乗したので、たくさんの仮設を見学させていただきました。「いかにもな」仮設住宅（県議会の古手のおじさんたちは「兵舎のようだ」と言っているそうですが、全くそのとおりです）も数多くありますが、これまでの経験を生かした、多少とも居住性のいい仮設（スロープつき、中廊下、断熱・防音がよい、天然素材など）もつくられています。

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　孤独死を防ぐため、国が補助して200戸以上の仮設住宅には高齢者サービスの拠点（デイサービス、配食など）を作ることになったそうです。夜のテレビ番組でも、コミュニティがつくりやすい仮設の配置（全部居室南面・玄関北面ではなく、玄関が向かい合わせになるなど）を工夫していくなどを建築家が提案しているという特集がありました。

　仮設にグループホームをつくってほしいという要望も出ているそうです。避難を余儀なくされたグループホームでは、民間賃貸などで経営を維持できているところが数カ所しかないらしく、認知症の方はどうしているのだろうと思います。また、高齢者の方については、仮設の福祉住宅というテーマが今回出てきたわけですが、障害者についてはどうなのでしょう。県のお話では「とにかく当初はたくさんの住宅を供給するということに追われ、やっと最近、福祉面の対応を考える余裕がでてきた」とのこと。「災害弱者」といわれますが、本当に後回しになってしまうことを実感します。

<img alt="東日本大震災" src="http://suginami-waku2.net/2011/09/f13.jpg"  />]]></description>
         <link>http://suginami-waku2.net/2011/09/post_5.html</link>
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         <pubDate>Tue, 20 Sep 2011 12:21:57 +0900</pubDate>
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         <title>杉並の歴史教科書採択ついに決着</title>
         <description><![CDATA[<p>　8月10日、杉並区教育委員会で教科書採択が行われ、中学校社会科（地理、歴史、公民、地図帳）はすべて帝国書院と決定しました。10年越しの教科書問題がやっと解決し、ほっとしました。私個人としても4年間の議員活動の宿題が1つ終わった気分です。</p>

<p>　教育委員会は約300人の傍聴がおしかけ、例によって抽選で20名が傍聴、他は音声だけというパターン。教育委員会も下らないことばかり慣れてきて、受付番号順にイスに座らせ、番号札の交換はできないようにと目を光らせていました。（でも、明らかに人の当たりをもらった人はやはりいましたけど）</p>

<p>　区長が替わり、教育委員も入れ替わっての採択。今回は大丈夫とあらかじめ某関係者から確証は得ていましたが、やはり実際に決定するまでは緊張。</p>

<p>　くわしい議事の様子は別便にしますが、簡単に報告すると、社会科の最初の地理のときに井出教育長が「社会科は3分野の連関性が大事」と伏線をはり、地理に強い帝国書院が選ばれた結果、歴史も扶桑社の前に使っていた帝国が選ばれるとうい道筋をつけました。そのラインで対馬、田中両委員も発言して、「つくる会」派をおさえこんだという結果です。大蔵委員はとにかくべらべらしゃべった。宮坂委員はメモを読んでるっぽい発言でしたが、2人に共通する他社批判がいくつもありました。相談したのか、それとも教科書会社から知恵つけられたのか。</p>

<p>　対馬委員が「賛否はっきりわかれている教科書をあえて使うことはないでしょう」と言ってくれた。それから「保護者も困っている」「教員も使いにくいといっている」ということを具体的に言ってくれたこと。</p>

<p>　とにかく、結果はよかったです。</p>

<p>　ただ、思うことはあります。なんといっても、この10年はなんだったんだということです。区民の大多数、教員のほとんど全員が望んでいない教科書がなぜ選ばれたかといえば、山田前区長が教育委員を入れ替えたことによります。</p>

<p>　今回と前回で意見がかわった唯一の委員である井出教育長。この人の意見がかわったのはひとえに区長がかわった結果です。教育長ともあろう人が区長の意見に左右されるのです（「この人やっと自由に意見が言えるようになったわね」といっている傍聴者がいました）。任命権者にいわれたら逆らえない。それが教育委員会の実態といえましょう。もちろん、山田区長に逆らえなかったのは区議会も同じです。教育委員会制度じたいを変えていかないと、教育の自由はありえません。</p>

<p>　また、気になったのは、あくまでも教育委員5人の選択という姿勢がかわらなかったこと。教育委員は本当によく教科書を読み込んで勉強しておられると思いましたが、しかし、教材はそれを使う先生たちがやはり選ぶべきです。ひとりひとりの先生の考え方、教え方で教科書は違っていいはずです。</p>

<p>　そして、もうひとつは教科書自体の問題。杉並では「つくる会」を排除することができましたが、新たに大田区、武蔵村山市、東大阪市、など意外なところで育鵬社、自由社が採択されました。横浜市は市全体が育鵬社になりました。全国的なシェアではかえって増えています。</p>

<p>　また、「つくる会」以外の教科書がとても良いかというと、そうは言えません。「従軍慰安婦」の記述が全く消えてしまったことももちろん、先日の教科書展示会でわかったように、日韓関係についても、あつかいが減っています。

<p>　杉並は、やっと「つくる会」と縁が切れ、歴史観ひとつとっても、やっとスタートラインに立ったのではないかという感じがします。決して手放しでは喜べないのです。</p>

<p>　しかし、とりあえず今夜は勝利の美酒、ですね！</p>

<blockquote>【関連】<a href="http://suginami-waku2.net/2011/08/post_4.html">杉並の歴史教科書採択ついに決着（傍聴記）≫</a></blockquote>]]></description>
         <link>http://suginami-waku2.net/2011/08/post_3.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">教科書問題</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 11 Aug 2011 14:41:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>杉並の歴史教科書採択ついに決着（傍聴記）</title>
         <description><![CDATA[<blockquote>各委員の発言は私のメモと記憶によるもので公式記録ではありませんのでご了解下さい。</blockquote>

　教科書採択の教育委員会、議事は1時から始まり、最初に国語、そして社会という順番でした。国語はすんなりと現行の光村に決まりましたが、大蔵、宮坂委員が「反戦教材、たとえば井上ひさしの「握手」が載っているのはよくない」と文句。

　社会は地理、歴史、公民の順。地理の審議に入る前に、大蔵委員長が「3分野共通の問題として」と話し始めました。中国の地名、人名を中国読みでカタカナ表記するのはおかしい。その点、自由社は日本よみ、育鵬社は日本よみに中国よみを補っている。また、領土問題では、帝国書院だけ竹島の記述がないのはよくない。」これにこたえて宮坂委員が「まったくそのとおり。領土についてはきちんと書くべきだ」といいながらも帝国でもよいとの意見。田中委員、対馬委員「地図帳で帝国を使ってきていることもあり、帝国がよい。」井出教育長は「社会科の特性として、3つの分野の関連性が大事。歴史との相関という点から帝国がよいのでは」（これが伏線ですね。）

　大蔵委員長のまとめ「歴史、公民、地理はそれぞれ独立して採択するもの」「帝国には竹島などいくつか問題はあるが、地図帳は帝国がよいし、それとの関連で地理は帝国に」

　次が肝心の歴史。大蔵委員長はここで長々としゃべり、ひんしゅくでした。まず押し付け憲法説を披露。それから、他社批判。「少数民族問題が書いてあるが、少数民族というのはいずれにせよ抑圧されるものだ。いじめたとかそういうことじゃなく、社会が発展する過程で、いい悪いは別としてなくなっていくものは仕方ない」「江戸時代で百姓一揆についていろいろ書いてあるが、江戸時代は全体としてうまくいっていた、非常に豊かな時代であったことがきちんと書かれていない」「東京書籍などは、昔の教科書をひきずっているが、育鵬社、自由社は新しいつくり方をしている。育鵬社はつくりは下手だが新しい視点で書かれている。」（つくりが下手じゃダメじゃん…）「対アジアで帝国主義的だったとか書いているが、国際連盟に人種差別禁止を提案したのは日本だ。欧米によって否決されたが。これは日本が日露戦争に勝って武力を蓄えたことによってできた」「これらの観点から育鵬社がよい」

　宮坂委員「大蔵委員長に賛成。昔の人たち、父祖が何を考えてきたかを教えるべき。神話が大事。神話をとりあげているのは育鵬社、自由社。」「大東亜戦争という用語を使うべき。太平洋だけでなく大陸でも闘った。アジアは大部分ヨーロッパの植民地だった。」「（他社は）任那、帰化人などの用語が使われていない」「秀吉の朝鮮侵略と書かれているが、今日から見て侵略ということで当時は違う」「江戸時代の記述は一揆が多いのは階級闘争の視点だ。同時代の他国と比べ江戸時代は発達していた。その点育鵬社、自由社がよい」「2社は反戦平和の視点が弱いというが南京事件だって書いてある」「この国に生まれた幸せ、祖先にまけないですばらしい国をつくろうという教育をすべき。犯罪者の子孫と教えるのはよくない。」

　田中委員「子どもの立場、教師の立場の両方から考えるべき。自宅学習でも使えるもの。発達段階に応じたもの。これらの点から公平、客観的、多面的なものでなくては。地歴の関係も重要。若い教員にもつかいやすいものを、という点から東京書籍もよいが、帝国を推したい」

　対馬委員「社会科で身につけるのは問題解決、判断力、思考力など。教科書をそのまま覚えるのでなく、なぜその事件が起きたか。自分ならどうしたか、など考えることが必要。育鵬社はそういう部分が少ない。帝国は考えさせる部分がある。いまの教科書（扶桑社）がよいという話は聞かない」「育鵬社、自由社は内容のバランスに問題。発展性、考えさせる部分が少ない」

　井出教育長「宮坂委員の意見に間違いがある。犯罪者の子孫、というが、そういう記述をしている教科書はひとつもない。また、一揆について、たとえば帝国書院では12行書いているが、江戸時代についてはむしろ、経済的、文化的発展を主に書いており、暗い時代という取り上げ方はしていない。帝国を推薦」

　このあとさらに各委員が意見をいいました。大蔵委員長は帝国書院に細かい間違いがあると指摘。田中委員は「育鵬社、自由社は発展的学習が不足。杉並は学力調査でも社会の「よみとく力」が少し低いことと関係があるのでは」と指摘。対馬委員は「保護者から、扶桑社版では問題集、もぎ試験など対応していなくて困ると聞いている」

　大蔵委員長が重ねて「扶桑社は特徴を出すために誇張した部分があったが（それをひきついだ）育鵬社はよくなっている」とのべると、対馬委員が「2社の教科書は、賛否とも最もたくさんの意見がよせられている。賛否がはっきり分かれているものを、あえて教科書として使うことはないのでは」

　宮坂委員、大蔵委員長が反論しようとしますが、田中委員も同意見を述べました。対馬委員はさらに「扶桑社は教員が使いにくいとも聞いている。先生の教える意欲という点からも使いやすいものを」。すると大蔵委員長が「そういう意見をお聞きになったかもしれないが、私たちは学校調査資料で判断する。学校調査には使いにくいという意見はない」。対馬委員「いえいえ、私もその同じ資料を読んだんです。その中に、生徒を活動させる場面が少ない、といった意見が書いてあります」と反論。

　これで決まるのかと思いましたが、委員長が突然保留にして公民へ。

　公民でも、また、大蔵委員長がべらべらと自説を展開。育鵬社を推す。対馬委員は帝国または教育出版。田中委員は東京書籍か帝国。宮坂委員「権利と義務、自由と責任をしっかり教えること。現在の日本文教出版はマンガが多すぎる。家族、宗教、愛国心をしっかり教える自由社か育鵬社」井出教育長「他が帝国だから自動的に帝国というわけではないが、帝国は持続可能社会ということをこの教科書で一貫して追求しており、ふさわしい」

　その後、少し意見が出ましたが、結局、大蔵委員長が諦め、「社会はすべて帝国書院」と決まりました。

　そのとき、私たちのいた傍聴室（音声のみ）では拍手の音がわきおこり、しばらく鳴り止みませんでした。傍聴していた前教育委員のYさんに次々と皆さんが握手を求め、声をかけ、それに応えるYさんの声が潤んでいたことが、長かった10年の重みを感じさせました。]]></description>
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         <pubDate>Thu, 11 Aug 2011 13:33:51 +0900</pubDate>
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         <title>大震災の救援を杉並区に申し入れ</title>
         <description><![CDATA[<blockquote>4月1日、杉並わくわく会議・松尾ゆりは杉並区に対して、東日本大震災で大きな被害を受けた福島県南相馬市への救援について申し入れをしました。申し入れ文を紹介します。</blockquote>


杉並区長　殿

<div align ="right">2011年4月1日<br>
杉並区議会議員　松尾ゆり</div>


　このたびの東日本大震災において、わが杉並区と特に深い関係にある福島県南相馬市は甚大な被害を受けました。
　すでに区がお見舞い金、救援物資などを届け、また避難する方に宿泊先を提供するなど南相馬市民のためにできることをすばやく精力的に行い、かつ区民に対しても義捐金の募金など、支援を積極的によびかけておられることに敬意を表します。

　しかし、原発の事故、放射能の拡散により、南相馬市の状況は、いよいよ深刻です。南相馬市の桜井勝延市長は、原発避難地域・屋内退避地域指定のために支援物資が届かなくなったことを指摘、「住民に家にこもっていろというのは見殺しに等しい」と国の対応を厳しく批判しています。また、今回の事態は１自治体の責任を超えているとして、国の責任において住民の命を守ることを求めています。市長は市役所に泊まり込み、職員ともども不眠不休で市民の救援、生活支援にあたっているそうです。

　南相馬市の交流都市である杉並区は、自らの支援の他に、国に対して、南相馬市はじめ、被災各市町村に対する全面的な支援を要求すべきです。

　具体的には、
(1)住民の生命と生活の保障。食料・燃料など物資の十分な供給とそのためのルートの確保。地域外へ避難する住民に対しても同様に避難生活の保障。
(2)被災と避難により仕事を失った方々の生活を支える雇用の創出と所得の保障。
(3)市町村に対する正確な原発情報の速やかな提供。原発の凍結と見直し。
(4)行政運営に対する財政支援、人的支援など。

　これら出来うる限りの全面的な支援を急いで行うことが必要であり、これは国が行う以外にはなしえないことです。

　政府・日銀は大銀行、大企業の支援のためにいちはやく100兆円の資金供給を行いました。大事故を引き起こした東京電力に対してさえ2兆円規模の民間融資が検討されています。その一方で、震災と原発事故のために生命の危機に立たされている人々への支援が滞っています。とりわけ、南相馬市をはじめとする原発直下の自治体は存亡の危機に瀕しています。被災地、被災者への支援を何よりも優先すべきです。

　私たち杉並区民と友好関係にある南相馬市民の苦境に際し、同市と市民に対する連帯の行動として、杉並区民の代表である田中区長が国に対する以上の申し入れを行うよう求めます。

　以上　]]></description>
         <link>http://suginami-waku2.net/2011/04/post_2.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">わくわくの日々</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 01 Apr 2011 23:21:59 +0900</pubDate>
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